母が1952年、木下順二さんがつくられた「民話の会」に出席するようになったその年に「文学」5月号に木下さんの「民話管見」が掲載された。20代の母がいたく「衝撃を受けた」のが、「現代の民話」という言葉でした。
以下を抜粋します。
事実、まだはっきりと形はなさないながら、
「現代の民話」の種が僕たちの社会の中に生まれて来つつあることは疑いがない。
「文学」1952年5月号 岩波書店
自分たちの身の周りの社会問題のすべてが素材として、つまり現代の民話として、新たな伝説を作り出して行くという。確かにはるか昔から今まで遺されてきた民話は、その時代の不条理への叫びや、人間の怖さ、嫁姑問題であったり、差別問題や、または愛おしい夫婦の姿であったり、社会や身の周りの出来事がまさに今あった事のように伝えられてきています。
母は、何れ「現代の民話」を纏めたいという大きな夢を抱きました。そして、宮城県女川の岩崎としゑさんとの出会い(過去に経験した津波の怖さを語り継ぐ等、今を語る語りべ)により触発され、日本全国から今に生きる「現代の民話」を収集した『現代民話考』全12巻(初版・立風書房 現・ちくま文庫)、民話研究書『現代の民話』(中公新書)を纏め上げてゆきます。
私は、児童文学作家としての松谷みよ子とは全く違った視点で、こうして纏めた民話研究書は誰も成し遂げていない、独特の世界観があり非常に貴重に思っています。父と採訪に出かけた頃は、「むかしむかしあったこと」を歩き回って纏め上げましたが、『現代民話考』では、一枚のハガキに書ききれる内容を全国から集めて、当時の母のスタッフであった納所とい子さんと、丁寧に時間をかけて纏め上げてきたのです。後世に語り継がれたい貴重な現代の民話群です。
余談ですが、私の友人が図書館で何気なく手にした『現代民話考』の中に、誰が投稿したのか、自分の家の天狗の話が載せられていて、それが嬉しくて、図書館に通い、12巻を全部読んでしまったと言います。本は別の次元に自分を連れ立ってくれる貴重な存在ですね。実は、「モモちゃんとアカネちゃん」にも、学校の怪談等、現代民話がちりばめられています。
文 瀬川たくみ